徒然シリーズ その1

徒然シリーズ その1

「えっ佐賀から来られたんですか!?」
名刺を見て、ホテルマンは少し鼻で笑ったようだった。
そんなリアクションには慣れたもので、短いくせ毛を抑えながら愛想笑いを返した。
確かに、WEB講演会とAIを生業とする自分の会社も、住まいのアパートも佐賀の土地にあるのだが、こちとら2週間ほど佐賀には帰っていない。製薬メーカーを主客とするWEB講演会は全国で行われ、当然、その講演会をサポートする人間だって全国を行脚する。今日だって、実際乗ってきたのは下りのこだまだ。
(本当は大阪から来たんですよ)
声には出さず、ホテルマンの案内についていく。岡山のホテルマンは、今度はにこやかな笑顔を浮かべてエレベーターのボタンを押した。
「それにしても、大変ですねぇ、佐賀から、わざわざ下見だなんて」
「ええ、まぁ、下見をしておかないと・・・何かあったときがですね」
まだ言うか、と思ったが、ホテルマンが言うこともわかる。
今日はWEB講演会の本番ではなく、下見だ。WEB講演会は、インターネットをつないで講演会を全国に配信するものである。佐賀の本社からみかん箱30個ほどの機材が発送され、それを現地で組み立て、配信機材を操作するのが、自分の仕事である。当然、機材だけではインターネットにつながらないので、講演する会場にはインターネット回線が必要になる。
会場に到着し、ホテルマンがLAN口を指ししめす。重たいリュックをおろして、そこにLANケーブルを指し、パソコンをつなげた。
(やっぱり、速度が違うよなぁ、有線は)
測定した速度は、モバイル回線では出ないような速度が出てきている。
これから5G通信が世に出てくればちょっと違うのかも知れないが、現状コストとともに安定しているのはやっぱり、光の有線回線なんだろう。
テストで配信をすれば、本社にいる女性のスタッフがPCから声をかけてくる。今日の回線はこの女性が手配しており、チェックの確認をしてくれる。問題は無いようで、明るい『OKです!』がPCスピーカーから発せられる。
「このチェックは、毎回しないといけないんですか?」
「そう思いますよねぇ」
毎度の質問に苦笑いする。下見のたびにホテル担当がついてくれる会場なので、正直面倒臭いのだろう。
「じゃあ、怖い話をここでひとつ。」

***

ある日の朝、いつもどおり回線のチェックに行った。
そこは田舎の会場で、外の電柱から光回線を引っ張っており、窓から引き込んでいるようなスタイルだった。いつも使っている会場のため、その形式は見慣れており、今回はチェックに行かなくてもいいのではないか、と誰もが思っていた。
しかし、回線を引き込んだ女性の担当者が、心配なので行ってくれと声をかけてきた。その会場は本社から近いので、別に構わないと、その日にチェックに行ったのだ。
するとどうだろう、回線をパソコンに繋いでも、LANのケーブルやルータを変えても、インターネットにつながらない。
不思議に思って窓から外を眺めると、なんと電柱から来ているはずの光回線が、途中でぷっつりと切れている。
慌ててホテルの担当者を呼び話を聞いたところ、工事の当日~昨日までは無事につながっていたという。
ホテルマンは慌てて外へと飛び出した。回線の近くに行けば、そこには真っ青な顔をした植木屋さんがいたという。
なんと、植木を剪定している最中に、回線を切ってしまったというのだ。チェックの担当者は冷や汗をかきながら本社へ連絡した。回線を引いてくれる女性にことの事情を説明し、急いで回線を引き直してくれと頼んだ。女性も当然慌てる。回線をひくのには、通常注文から1ヶ月はかかるのだ。この日は本番の3日前。すでに時間はない。
この時は事情が事情のため、回線業者も急いでくれてなんとか当日の午前中に回線を引くことができたのだが・・・。これが、チェックをしていなかったらと思うと恐ろしい。

***

「でもそれ、佐賀の話でしょう?」
「いや、まあ、そうなんですけどね・・・」
確かに、この会場は窓から回線を引くような会場ではないし、町中なので剪定する植物もとくにない。
しかし、この話は回線チェックがいかに大事か。という話をしたかったのだが・・・。目の前のホテルマンには特に響かなかったらしい。社内の後輩には、結構ビビられる逸話だ。
「うちは、設備もしっかりしておりますので」
「いや、ま、そうなんすけどね・・・」
全く同じセリフを返すほかない。
ホテルの担当者はこの会場によほど自負が強いようだ。
確かに、いいホテルだ。そしてホテルマンという仕事上、自負も強くなるだろう。
そう思いながら会場を出た。
季節は3月。まだまだ空気は冷たく、上着を手放せないでいる。
そもそも全国を行脚している手前、上着を実際に手放せるのは4月も後半になるだろう。
急に冷たく吹いた風に、無意識に前のめりになって上着の前を閉めた。
全国を行脚するのは、当然辛いこともある。
講演会は夜が多く、21時に片付けが終わればラッキー、その後電車で別の会場のホテルまで移動して深夜に到着なんてザラだ。そのぶん朝はゆっくりできるのだが、朝型・夜型という区別で人間が分かれるのであれば、体調を崩す人間もいるだろう。
きっと、辛いと漏らせば内勤も選べる。それでも、この仕事が好きな理由があるのだ。

時刻は11時30分。最高の時間帯だ。これならまだ並ばずに済むかもしれない。岡山駅方面まで駆けていく。そのまま駅には入らない。大きな駅前のホテルの横道へ入る。そこには小さな店があり、入り口の前には4人ほど先客が並んでいた。
(ちょっと遅かったか・・・)
しかし、4人待ちなら許容範囲だろう。
後ろに並んでリュックから財布を取り出した。
ドアに入れば、そこでも少し待ちがある。店内は醤油ベースのスープの匂いで充満している。無意識に、鼻から目一杯吸い込んでため息をついた。幸せの香りだ。
腹も鳴り出し、今か今かと待っていると、やっと一席空きが出たので、リュックを下ろして座る。見渡せばビジネススーツをきた同じようなサラリーマンが勢いよく中華そばをすすっている。ぐっと喉を鳴らして、おばちゃんに食券を手渡した。
スマートフォンで業務情報を確認していること数分、「おまたせしました~」おばちゃんがカウンターから中華そばをおいた。
ほかほかの湯気が上がる器には、優しい薄茶色のスープに肉厚のチャーシュー。スープをまとった鳴門に、彩りのネギが散らばる。
スマホを放り出し、急いで割り箸を掴んだ。軽く、いただきますの一礼をして、そっと箸で麺をつかめば、細めな黄色の麺が現れる。自分はお上品ではないので、蓮華で一度麺をすくったりはしない。周囲のサラリーマンよろしく、そのまま勢いよく麺をすすった。
スープをまとった麺は噛めばスープが出てくるかと思うほど醤油の味をまとっており、夢中でズルズルすすっていく。勢いのまま半分ほど麺がなくなりハッとする。
ああ、スープも飲まなくては。そこでやっと、自分のメガネが真っ白に曇っていることに気がつく。
どんだけ夢中なんだよ。自分自身に苦笑いした。
落ち着いて蓮華を持ち上げる。顔を近づければ薄っすらと魚介っぽい香りが、優しく醤油に包まれているようだ。豚骨とは違う、小さく浮いた黄金色の脂がいとおしい。
飲み込めば広がる様々な味わい、それなのに後味は比較的あっさりとしている。舌で感じた味わいもさることながら、喉に、体に落ちていくスープで体が暖かくなっていく。外を歩いて冷えた体と相反して、芯から暖かくなるにつれて、汗が滴る。それもまた、ラーメンの良さだろう。
手の甲でキュッと汗をぬぐって、また麺に箸を向けた。

「あ~~」
店をでて、小声で背伸びをする。
非常に良かった。今日も最高だ。前回も最高だったけど、今回はまた、一際良かった。
興奮そのままに、足取り軽く岡山駅へと向かう。
岡山はラーメンの宝庫だと、自分は思っている。
博多の豚骨も素晴らしい、札幌の味噌だって捨てがたいけど、岡山のラーメンはやっぱり最高だ。
店も多けりゃ味もいい。
「おし」
美味しいご飯を食べると自然と喝が入る。手に持っている切符は福岡行。今日は夜から講演会のオペレートだ。今日も、うまくいく気がする。
ラーメン一杯で現金なやつだと思うだろう。
それでも、自分にとっては宝物なのだ。

当然仕事が第一なのだが、業務が何事もなく遂行されたときは最高に美味しいし、何かあったときも、次こそはと頑張ることができる。
なにより、もっと全国を回ろうと、そう思わせてくれる。

岡山駅の入り口で、先程のホテルが目に入る。
ふいに先程自分のホテルを嬉しそうに紹介していたホテルマンを思い出す。
自分は、自負できるような大きなものは無いけれど、
大切な場所が全国に散らばっている。
ここが!という場所は無いけれど、全国を周っているからこそ、どの地域もそれなりに好きなのだ。
そのおかげで、今日も自分は新幹線に乗れる。

改札にすいこまれた切符は福岡行。すでにホームに到着している新幹線へ乗り込む。
座席を探しながら、すでに頭は一足先に博多へ向かっている。
夜は何を食べようか。とんこつラーメン・・・は昼がラーメンだから無いとして、モツ鍋、焼き鳥・・・明太子が食べられるところにも行きたい。いや、やっぱりとんこつラーメンだってアリだろう。
そのためにも、今日の仕事を完璧に終わらせてやる。
体はおかげで充分に温まっている。最高のコンディションだ。

ゆるゆる出発し始める窓から岡山をみる。
最高の岡山を後に、また次の最高の地を目指して、新幹線は動き出した。

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